人生山あり谷ありモハメド・アリ

来た時よりも美しく

UVERworldの男祭り東京ドーム公演の発表を受けて

2019年4月11日、UVERworldが東京ドームでのライブ開催を発表した。

 

東京ドームでのライブが開催されるのは、デビュー5周年となる2010年に初めて開催されて最高のライブにするも、TAKUYA∞が「ファンに感謝の気持ちを伝え忘れた」と、後日反省のメッセージをブログで公開したあの初めての東京ドーム公演以来、2回目である。

 

ただ、今回の東京ドーム公演は男性限定ライブ、そう「男祭り」なのであった。

「男祭り」とは、UVERworldが2011年より開催する男性限定のライブのことである。開催初期は300人キャパの小さなライブハウスから始まり、2017年にはさいたまスーパーアリーナで2万3000人を動員するほどのイベントへと成長し、今やUVERworldの魅力のひとつといっても過言ではないだろう。

 

批判を恐れず正直に言うと、この発表を受けて私はとてもショックだった。

 

遡ること2019年4月1日、UVERworldの公式サイトに謎のカウントダウンが開始された。「新しいアルバムか?」「ライブの開催か?」ファンたちは期待を膨らませてカウントダウンを見守った。

 

カウントダウンの先は4月11日。都内でUVERworldトークイベントが行われるそうだ。当日の観覧者はファンクラブの中から募られた。

 

そして本日4月11日。トークイベントの正体は「男祭り東京ドーム公演」の告知イベントであったのだ。

蓋を開けてみるとイベントの参加者は男性のみ。募集要項ではネタバレを防ぐため性別の限定はしなかったそうだが、実際そのイベントには男性のみが当選したという。

 

そして「男祭り東京ドーム公演」開催の発表に至る。ファン全員が待ち望んでいたUVERworld2回目の東京ドーム公演は男性限定ライブとなったのだ。

 

たしかに、UVERworldにとって「男祭り」はどこか特別な意味を持ったイベントである。

初期、というか最近まで、UVERworldのファンには圧倒的に女性が多かった。それが最近になって「ライブがアツい!」という評判から、男性ファンが増え始め、さいたまスーパーアリーナで2万3000人の男性ファンを集めるほどの人気になったのだ。これまで女性ファンが多かったことから、UVERworldのメンバー自身が「同性に認められること」をかなり意識していることはファンとして感じていた。

小さなライブハウスから始まった「男祭り」が、ついに東京ドームで開催されるということはとてもめでたく、祝福すべき出来事である。

 

ただ、今までUVERworldを応援してきた女性ファンとして、自分が「男祭り東京ドーム公演」の開催を"一緒に叶える存在"ではなく、ただそれを"見守るだけの存在"にしかなれないことが悲しいのだ。

 

UVERworldの強い想いが込められた東京ドーム公演に携われない、ライブに応募することすらできない女性ファンの気持ちはどう消化すればいいのだろうか。

カウントダウンを期待の眼差しで追い、トークイベントに当たることを楽しみに予定を調整していた女性ファンは、このやるせない「性別の壁」にぶち当たった気持ちをどこに吐き出せばいいのだろうか。

UVERworldの夢が叶ったことへの喜びと、その夢が叶う現場を自分は見られないという悲しみが入り交じったこの気持ちはどこにぶつければいいのだろうか。

 

私は、「男祭り」を開催する代わりに、別日で「女祭り(女性限定ライブ)」も開催して欲しいというわけではない。「男祭り」に参加出来る男性を妬んでいるわけでもない。男女で分けることなく、みんなでUVERworldが夢を叶える姿を見届けたいのだ。

 

 

個人的な想いを書くと、UVERworldの以前からの夢であった東京ドーム公演の開催をもって、「男祭り」は終わりにして欲しいと思っている。そしてUVERworldには性別に縛られない新たなフェーズで、挑戦を続けていってほしい。

 

「新しい時代に足跡をつける、

俺たちがUVERworldよろしくどうぞ」

 

 

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あとがき

「男祭り東京ドーム公演」の発表を受けて、かなり感情的なまま書いてしまった文章なので、気を悪くされた方はすみません。

UVERworldに対してこんなにも意見が言えるんだと自分でも驚くと共に、自身のUVERworldへの愛を再認識しております。

今後ともUVERworldのご活躍をお祈り申し上げます。

 

最近調子がいいと思っていたのは嘘だった、からの今年のまとめ

最近はすっかり寒いし、思えばこの前からずっと調子が悪かったのかもしれない。

 

毎晩デパ地下でお弁当買うのもお金がかかるから、最近は家で晩ごはんを作るようになった。

晩ごはんを食べながら、ドラマの録画を見て、SNSを見て、お風呂のお湯を貯めて、週に何回かは洗濯をして、もう窓を開けるとずいぶん寒いけど、寒さを我慢して夜のあいだに外に干す。

 

千葉に一人で住んで、周りには友だちもいないし、毎日ドラマとSNSが友だちで、週に数回会えるようになった彼氏や、たまに遊ぶ学生時代の友だちに会うのを楽しみに毎日過ごす。

 

暇つぶしに始めた資格の勉強は思ったより大変そうで、でもせっかくだし頑張ろうと思えて、でも資格の勉強頑張ったところでもう学生じゃないから誰にも褒めてもらえないし、お金だけはものすごくかかるし、そもそも資格取っても何の役に立つかわからない。

 

有難いのか有難くないのか仕事も忙しくなってきて、ちょっとだけ残業をして家に帰ったらご飯食べてドラマ見てお風呂入ってSNSを見てなるべく早く寝るというルーティン生活も充実していいなと思って過ごしていた。

 

でも今日気づいたら、なんか全然面白くなくて、でも面白くないとか言ってる自分がもっとつまらなくて、意味の無い嫉妬とか劣等感を感じて、でも家には自分ひとりだし、友だちに相談するのも意味わからないし、というかまたいつもの何故か寂しいやつでしょって自分でも思うし、こんなこというとすごいメンヘラみたいだし、とりあえずなんか全部辞めたくなった。

 

けど、外に出て、今日星見えるかなあって空を見あげたら、都会にしてはとてもきれいに見えて、なんかすごく元気が出た。

ちょっと元気が出たら、そういえば明日は星野源のアルバムリリース日だし、もうすぐ給料日だし、もうすぐクリスマス&年末年始だし、年始には待ちに待った音楽もできるし、地元で会ってくれる友だちもいるし、家族にも会えるし、なんかすごく元気が出てきた。

 

会社で働くの、やっぱりすごく面倒だなあ。でもひとりでやっていける実力も勇気もやる気もさらさらないし、結局ひとりでいても寂しいだけだし、今の会社でゆるゆる働くのがいちばん良い気もする。まあお金がもらえたら当分はなんでもいいか。

 

 

2018年は、すごく大きな変化があったような、結局何も変わってないような、変わろうとする努力はしたような、それは変わらない努力だったような、そんな1年だったような気がする。

 

 

感傷的な気持ちで書いたのですごくポエミーなブログになってしまった…。ポエマーなので許してください。

 

今年は能動的に年賀状を出せたらいいなと思っていたのに、結局出さずじまいで終わってしまいそう。一人暮らしだと年賀状の準備の仕方がよくわからない。

 

年末に向けてばたばたするけど、みんな良い年越しが出来ますように。あ〜みんなに会いたい。みんな、良いお年を。みんなって誰だ…。

 

 

「お疲れ様です」以外のあいさつを教えて欲しい

廊下ですれ違った時の「お疲れ様です」

電話をかけた時の「お疲れ様です」

メールを打つ時の「お疲れ様です」

飲み会に来た時の「お疲れ様です」

 

普段何気なく言っていた「お疲れ様です」に、ついに疑問を持ってしまった。

なにが「お疲れ様です」やねん。疲れてないわコラ

 

でもたしかに、その場面で適切なのは「お疲れ様です」なんだよなあ

 

大学の時のバイト先で、初めて先輩に業務上LINEを送らないと行けない時、「こんにちは。〇〇です。」で文章を始めたら笑われてしまった。

「そういう時は『お疲れ様です』から始めるんだよ」という先輩の返信。

それは果たして優しさなのか、無垢な若者を社会に染めてしまう行為なのか・・・(優しさです…)

 

「エモい」は人の語彙力を衰えさせるとか言うけど「お疲れ様です」はどうなんだよ。

「こんにちは」とか「やあ」とか「やっほー」とか「元気?」とか「どうも」とか「いい天気だね」とか「さむいね」とかあるのに、なんでよりによって「お疲れ様です」なんだ。だから疲れてねえって・・・

 

 

「かわいい」に次ぐ「お疲れ様です」の多義性に驚く12月。ずいぶん寒くなりました、ボーナスの季節ですね、良いお年を。

 

社会人になるのも悪くないかもしれない

社会に放り出されて、はや1年と7ヶ月。

初めはどうにか学生に戻れないかと日々願っていたけれど、最近(ここ3日くらい)は「社会人もまあ悪くねえかな」という気持ちになっている。

 

学生時代は一緒にいる周りの人も学生が多いのに対し、社会人になると意味がわからないくらい広い年齢層の人と付き合って行くことになった。やっぱり年代が違う人と話すのって難しいなあと感じることもとても多い。

 

ただ、もうちょっと視野を広げてみると、学生の時に憧れていたアーティストや、芸能人や、著名人の多くが社会人なわけで、社会人になった今、自分もその人たちと対等に話せる権利が得られたような気がするのだ。

(学生は対等に関わる権利がないと言ってる訳ではなく、これは完全に自分自身の気の持ちようなので許して欲しい…。)

 

社会に出て企業に就職して、自分がどこの所属の何者なのかがちゃんと言えるようになったからなのだろうか。もちろん学生というのもちゃんとした身分なのだけれど…私は大学では全然勉強していなかったので、自分がれっきとした学生であるとは言いきれなかった(のか…?)

 

社会人になってちょっとだけ自分で稼げるようになって、なんとなく自分がやってることが微妙に社会を回してる気がして、そうか、これが社会に参加しているということなのか…これが働きがいというやつなのだろうか…

 

働きがいがあるかないかは一度置いて、とりあえず、学生の時に憧れていた人とちょっとは対等に話せるようになった気がしているのだ。

 

もし街なかであの好きなアーティストに出会っても、今ならちゃんと一人の社会人として対等に接することができる気がする。ねえ、何言ってるかわかんないでしょ。いいもん、私にはわかるんだよ。

 

自分が何者であるかをちゃんと証明してくれるから、社会人になるのも悪くないよというお話でした。

共感度マイナスですか、そうですか。

ありがとうございました。

「ハロウィンパーティしよう!」と誘う勇気

ハッピ〜ハロウィ〜ン!

ブログなら言える。

 

こんばんは。10月31日はハロウィンでした。

渋谷では仮装した若者が集まってワイワイ軽トラを横転させたり、大学生たちがSNSにかわいく仮装した自撮り(本当にかわいい)をアップしたり、私が元いた部署で行われたハロウィンパーティの写真が部署LINEで回ってきたり(タイミングがなくてまだ抜けられていない)していましたが、皆さんいかがお過ごしでしたでしょうか。

私は、東急ハンズに行ったら「ハロウィンイベントやってまして、『トリックオアトリート!』と言ってもらえるとお菓子をプレゼントしますので言って貰えますか??」と無理やり「ト…トリックオアトリート…」と言わされて、なんか飴をひとつもらいました。

 

 

私は意外とイベントごとが好きなので、できれば春にはお花見がしたいし、夏には海に行って花火がしたいし、秋は紅葉を見に行きたいし、冬は餅食べたいし、スノボに行きたいタチなのです。今回のハロウィンもそう、できればハロウィンにちなんだ何かがしたかったのです。

しかも今年はちょうど仕事がおやすみじゃないか。水曜休みの友だちなんか会社の人以外では滅多におらず、ダメ元で唯一気軽に声をかけられる友だち(シフト制で働いている)に声をかけてみたけど残念ながら仕事が入っており、1人で過ごすことが確定していました。

いや、待てよ。最近よく喋れるようになった職場の同期のかわいい女の子3人を誘って、おうちでハロウィンパーティしたらすごく楽しくない?!いやでも、もうそっちはそっちで何かイベントが決まっていて、私が誘うことで無理やり入れてもらう感じになるのもあれだしなあ…。

 

なんて考えていたら気付いたらハロウィン2日前。勇気を振り絞って声をかける。

「〇〇ちゃん、ハロウィンってなにかするの?」

「えっ、しないよ?逆に何かするの?」

「いや、しないけど…フフフ……(フェイドアウト)」

 

ですよね!!!大人の女性はハロウィンパーティとかしないよね〜〜!!!はい!ありがとうございました!!

あぶないあぶない、いきなり「ハロウィンパーティしよう!」なんて誘わなくて正解だった。変なやつだと思われるところだった…。

 

SNSではハロウィン盛り上がってるように見えるけど、現実はそうでも無いことに安心しながら、今日という一日を過ごしたのでした。たしかに、仮装している人なんて1人も見なかった。あれ、ハロウィンってやってた?渋谷とディズニーとUSJだけ??

 

 

まあ仮装して街を闊歩することは悪くないよ・・・。

青春を謳歌し、経済を回してくれ、若者よ・・・・。

 

 

「お前には感受性がない」と言った上司に捧ぐ

こんばんワニ

急に寒くなったねえ、そろそろ風邪とか引いちゃう季節じゃん。インフルエンザの予防接種しよう・・・。

 

最近いろいろ嬉しいことや悲しいことがあったんですけど(ざっくり)、その度に一喜一憂してる自分を見ては「なんだ、やっぱり私感受性あるじゃん」と思う。

 

一年とちょっと前、会社に入って上司に初めて激怒された時、上司に「お前には感受性がない」と言われた。そして一年とちょっと、ずっと、まじでずーーーっとそのことを引きずっている。

 

初めは仕事でミスをしたことについて怒られていたんだけど、そのあと続けざまに『お盆休み明けにお土産をあげたことに対して、私から何のお礼もなかったこと』について怒られた。その時に言われたのが『お前には感受性がない』という言葉だ。

 

たしかにお土産を貰ったのにお礼を言わなかったことは良くない。それはそうだ。ただ私にも反論させてほしい。

お盆休み明け、私はいきなり出張が入っていた。事務所に立ち寄らず、前日の夜から東京へ宿泊していた。そしてお盆休み明け、事務所の空席のデスクにお土産が配られたのだろう。お盆休み明けから一日遅れて事務所に出社すると、デスクの上には山のように積み重なったお土産が置いていた。同じ事務所内には50名程の社員が働いている。お土産の数は概ね20ほど。普段デスクの上にお土産がひとつ置いていれば、隣の人に「このお土産は誰からでしたか?」と聞いてその人にお礼を言いに行っていた。しかしだ、今回の20/50のお土産に対して、これは誰から、これは誰から、といちいち隣の先輩に確認するだろうか。20個のお土産に対して『ありがとうございます』と心の中で思いながらデスクの引き出しにしまったのだ。その中にどうやら上司のものが混じっていたらしい。

たしかに私も悪い。あの時めちゃくちゃ気を利かせていれば、上司との世間話の中にお盆休みの話題を出し、「もしかしてお土産頂いていましたか?」と聞くことはできた。隣の先輩にせめてわかる範囲だけでも教えてくださいと聞くことはできた。

 

ただ、その作業を怠っただけで「感受性がない」と言われるほど社会は厳しいのだろうか。

ちょっとでもその状況を想像したら、お土産の出生を調べることが困難だったことに気づくのではないだろうか。そんなに気になるのなら、上司の方から「お盆明けにデスクに〇〇置いておいたから食べてくれた?どうだった?」と匂わせたらいい。

 

私にも非があったことは認めるが、私が100悪かったとは残念ながら思えない。これは完全に個人の意見なので、いろいろ見解はあると思いますが…。

 

「お前には感受性がない」という言葉を真正面から真面目に受けた入社一年目の私は酷く落ち込んだ(この時点で既に感受性はあるはず)。帰宅後、「感受性」という言葉の意味も再度確認した。入社してから今までの自分の行いを省みては落ち込んだ。

 

さて上司は、私がここまで傷つくという予想はしていただろうか?上司にとっては勢いで言ったひとことなのかもしれない。ただそのひとことは私の心を蝕み、一年経った今でも傷は癒えない(さすがに大袈裟)。

 

 

まあきっと覚えてないんだろうな〜。そのことを思い出す度に、自分は口が滑っても言わないでおこうと思うのでした。

変に記憶力が良くて執念深いんだよ私は・・・。

 

怒っていても、丁寧に怒りたい。

おしまい

だめだ、また「若い女性」を消費されてしまった

こんばんは、今日は先日の飲み会の話です。

 

昨日の夜会社の飲み会だったんですけど、メンバーがオジサン(48〜56歳くらい)が7人+私(23歳女)だったんですね。

女性がわたしひとりだからなのか、ひとりだけ歳が大きく離れているからなのか、自分の「若い女性」が消費されているなあという感じがして仕方なかった。

 

冗談とはわかっていても、「今度の部署全体での大規模な飲み会で何か衣装着てよ、それじゃあ写真撮影会になっちゃうか〜」とか「〇〇さんは若い女の子が好きだからなんでも買ってくれるよ、今のうちに誕生日と欲しいもの言っておきな」とかは気持ち悪くない?

「本当に気持ち悪いですよそれ〜」と冗談めかして言っても「そんなこと言うと〇〇さんMだから喜んじゃうよ」と言われる。

タチが悪いのは「こういう話したら最近はもうセクハラですからね笑」「こういう話したって絶対に●●さん(セクハラを取り締まる人)に言ったらダメだよ?笑」と言うところ。せこい。自分らもわかってるやん?!『こういうのはセクハラだって知ってるアピール』したらなんでも許される感じなんなんですかね。

 

私も大人なので波風立てたくないので、そういう話にも寛容な若い女性っぽく「もう〜!やめてください!笑」なんて笑ってるけど、そうする度に「あ〜、また都合の良い若い女性社員演じてるなあ」と面倒くさくなる。

 

今回の飲み会、私だってあなた達と同じ4000円払ってるんですけど…私の月給いくらか知ってる?あなた達は私の何倍もらってるか知ってる??

はあ、セクハラするならせめてお金をくれ。4000円も払ってオジサンのくだらない話に付き合ってる暇はねえんだ。

 

「ノリの良い若い女性」だったら誰でもいいのでしょうか。ちゃんと「私」がその場に参加した意味はあったのかなあ。「同じ会社で働いているからお金を出さなくても付き合いで参加してくれる都合の良い適当な女性社員」じゃありませんように。

 

まあ、じゃあどう接して欲しいのかと言われたら分からないんですけどね。オジサン達とも親しくなってきて、セクハラも上手く交わせるようになったのでまあ私はいいんですけど。飲み会自体は総合的には楽しかったし。

ただ、後輩が入ってきた時に「セクハラは上手く交わせるようになるのが一番だよ」なんて言えない…。あたしゃあ言えないよ…。

 

別に訴えたいとかは全く思わないけど、もうちょっと生きやすくなったらいいねえという話でした。でも私もオジサンをひとくくりにしてるからだめなんですけど…。

 

若者の皆さん、私たちは後輩にそんなことさせないように気をつけようね。

はい、おしまい。